コロナ及びその他のホットな話題

新政策:残業時間制限制度と企業の実務対応 -NEW-

   近頃、DJI、Midea、ハイアールなどの大手企業が「社員を強制的に定時退社させ、過度な残業をさせない」という取り組みを始めたことが話題となり、大きな注目を集めています。
   また、3月16日に中国中央弁公庁と国務院弁公庁が発表した『消費振興特別行動計画』(以下「行動計画」という。)でも、「労働者の休息・休暇の権利を法的に保障し、違法に労働時間を延長してはならない」などの要求が明記されました。本稿では、これらの企業による「残業時間制限」の背景と行動計画の意図について簡潔に解説いたします。

1. 「残業時間制限・過度な残業禁止」制度の背景
(1)従業員の労働権益保護に関する法令順守要請

   近年、一部の企業では違法な労働時間の延長や、見えない形での残業(サービス残業)が行われ、過労による突然死やうつ病などの問題が発生しています。現行の労働法では、労働者の労働時間や休息・休暇の権利を規定し、企業が恣意的に過度な残業を強いることを禁止しており、労働者の適正な残業時間を保証することで、労働者の健康を保護しています。
   さらに、EUが2024年末に採択した「強制労働禁止法案」は、EU向けの輸出企業にも影響を及ぼしましたが、この「残業時間制限」に関する新政策は、現地企業の労働基準が国際基準になることを加速させ、競争力の向上に繋がるものと考えられます。
(2)消費需要の促進
現在の経済状況では消費の伸びが鈍化しているため、労働者の残業時間を減らすことで自由時間が増え、プライベートの充実や余暇消費の活性化が期待されます。これにより、飲食、観光、文化、エンターテインメントなどの業界が成長する可能性が見込まれます。
(3)従業員の心身の健康維持
過度な残業を抑制することで従業員の休息権が確保され、身体的・精神的な健康が維持されます。これは、3月9日に開かれた第14回全国人民代表大会第3回会議で国家衛生健康委員会が提案した「体重管理年」3カ年計画にも対応する動きです。
(4)雇用の均衡促進
残業を強制しないことで企業は労働力をバランスよく配分するようになり、短期的には同様の業務にも労働力の増加が必要となるため、社会全体の雇用機会が増加し、雇用の均衡が促進されることが期待されます。

2. 現地の日系企業が検討すべきポイント
(1)法令順守の徹底と適切な対応

   この「行動計画」の施行後、各地の労働行政監督管理部門が有給休暇や残業時間の振替、残業代の支払いなどの遵守についての監督管理を強化する可能性高いと思われます。
各日系企業は、違法な残業時間の延長による法的リスクを回避するため、現地弁護士のサポートを受けつつ、自社の事業の特性に応じて雇用方針を見直す必要があります。また、メールや電話での業務指示による就業時間外の「見えない残業(サービス残業)」 にも注意が必要です。
   なお、この新政策は残業を完全に禁止するものではなく、生産現場での緊急対応やその他業務において必要な場合には、法律の範囲内(例えば平日は1日3時間以内、月間36時間以内など)で残業を指示することができます
(2)給与制度などの再構築
   一部の製造業では、残業代が賃金の一定割合を占めるケースがあります。残業削減により給与が大幅に減少すると、従業員がそれを理由に社会保険や住宅積立金、残業代、環境問題などの管理や労務の問題について、企業に対し苦情申立てや告発、仲裁申立てをする可能性があります。そのため、日系企業は必要に応じて現地弁護士とともに人事評価制度や監督管理制度を見直し、給与体系を再構築するなどして従業員の不満を解消し、リスクを軽減する方法を検討することも必要です。
   給与体系などの構築は、単純な従業員管理の問題ではなく、各地方で施行されている給与に関する法令や実務上の法執行政策にも関連しています。そのため、法令違反があった場合は従業員とのトラブルに発展しやすく、企業にとっては労務上の潜在的リスクとなることに注意が必要となります。
(3)従業員の心身の健康を重視し、企業文化を再構築する
   「00後」(2000年以降生まれ)などの若年労働者はワークライフバランスを重視する傾向があるため、従来の「残業文化」が残る企業は人材の確保や定着が難しくなる可能性があります。今後、健全な企業文化(週休2日制やフレックスタイム制度など)は企業の競争力の一つとなることも考えられ、これは従業員の帰属意識を高めることにもつながります。そのため、企業にはメンタルヘルスカウンセリングや社内イベント、休暇取得の奨励などを通じて企業文化を再構築し、人材を獲得・定着させることが求められています。
(4)柔軟な分散休暇などの制度の導入
   社員が一斉に休暇を取得することによる業務への影響を避けるため、企業は自社の状況に応じて年次有給休暇と三連休を組み合わせた「分散休暇」の導入を検討しても構いません。但し、労働争議の発生を回避または軽減するためには、企業は「分散休暇」について法の定める民主的手続きを経て規定を策定し、従業員への書面による同意を得ることが必要となります。
(5)AIや自動化ツール、新技術の活用による効率向上
   2025年の政府活動報告では、「不要な過度の競争」を是正し、企業の競争軸を「時間」から「効率」に転換することが提言されています。今後、単純な労働時間の延長などによる価格優位性は低下すると考えられます。企業は効率の向上と業務遂行のバランスを模索する必要があり、AIツールやスマート機器、業務自動化技術の導入により、企業管理や生産モデルを見直し、業務フローを効率化するなどして、労働者の業務効率を向上させ、企業製品の競争力を高めることが不可欠となります。

作成日:2025年03月18日