「些細な規則違反」から職を失う例
事例:
曲氏はある有名5つ星ホテルで10年以上勤務したベテラン従業員であり、レセプション担当として、ホテルと無固定期間労働契約を締結していた。ある時、前日の夜半2時頃に曲氏が厨房に立入り食材を盗み取ったという内部通報があった。モニター映像を確認し、本人にその事実を話し追求したところ、厨房に入りリンゴを1つ盗んで食べたことを認めた。
ホテルは「就業規則」にある「ホテル、顧客、従業員の物品、金品等を窃盗又は着服する行為があった者には、労働契約を解除し退職させる処分を行う」との規定により、曲氏との労働契約を解除した。
これに対して曲氏は、自身は当直で空腹に耐えかねたため、厨房を通ったついでにリンゴを1つ取り空腹をしのいだのであり、リンゴ1個の価値は極めて低価なものである故、窃盗を構成することはなく、労働契約の解除という罰は重すぎると主張した。
弁護士の解説:
◇「就業規則」の重要性
「就業規則」は企業が従業員を管理するうえで最も重要な文書であり、その制定プロセス、内容には適法性だけでなく合理性も求められ、通常審理の過程では、裁判所により「就業規則」の適法性、合理性、必要性に対する審査が行われ、これにより使用者の労働者使用における自主権、管理権及び労働者の適法な権益の保護が適正に行われているかどうかが評価されます。
本件では、ホテルは事前に制定していた規則制度により従業員の勤務や行為を評価し、従業員にホテル統一のサービス基準や行動規範を満たすよう求めており、特に5つ星ホテルであることから、厳格かつ標準的な「就業規則」を制定していたことは、経営上の必要があるだけでなく、管理の上でも必須のことであると言えます。適法かつ有効な「就業規則」は、従業員に対する拘束力を持つものとなります。
◇「重大な規則違反」の認定基準
『労働契約法』第39条等の規定により、労働者に使用者の規則制度への重大な違反があった場合、使用者は労働契約を解除することができ、規則に違反したかどうかは労働者本人が遵守する義務を負う労働規律及び使用者の規則制度により判断されます。規則違反の判断の厳格性は、一般に法律、法規に規定される限度や使用者の内部規則による重大な規則違反行為に関する具体的規定を基準として考量されます。
曲氏はホテルに10年以上勤務するベテラン従業員であり、就業規則の関連規定を厳守して他の従業員の模範となるべきであるところ、関連規定を無視して深夜に厨房に入り食材を盗み取ったという行為は、故意の程度にも重大なものがあります。厨房業務とは関係のない従業員が任意に厨房に出入りすることを許可するような管理では、入出者の健康証を確認するかどうかは別問題として、食品の安全の保障や5つ星ホテルとしての名誉の維持はいずれも空論となってしまいます。曲氏は窃盗のつもりはなかったと主張していても、入口に注意書きを掲示している厨房に入ってリンゴを取ることは、「就業規則」に定義する「窃盗」に該当します。
◇結論
物品の価値の多寡、規則違反の程度の軽重により行為そのものの性質が変わることはありません。5つ星ホテルにおいて、ホテルの質を高め、管理水準を引き上げるために厳格な規則制度を制定することは、法による管理権の行使に当たることから、ホテルが「就業規則」により労働契約を解除したことは適法と言えます。
◇弁護士のアドバイス
1.専門の弁護士の指導のもと、『労働契約法』第4条等の規定に基づき、自身の経営の特性、管理に適合した、適法で合理的で内容が完備された「就業規則」を制定しておく。
2.無固定期間労働契約を締結した場合も「終身雇用」というわけではなく、特定の状況のもとにおいて、会社は一方的に労働契約を解除することができる。
3.労働契約の解除は、従業員にとり最も厳しい懲罰の措置となるため、実施は極めて労働紛争を引き起こしやすく、必ず実体と手続きに十分重視・注意し、必要に応じて専門の弁護士の指導を受けるようにする。
作成日:2020年10月14日